日曜日のヒロイン

第228回   田畑智子 


自分を変えた

 NHK朝のテレビ小説ではひたすら真っすぐに生きるシングルマザーを演じる。「私の青空」の田畑智子(19)。新人の登竜門といわれるこの番組には珍しく、既に映画界やテレビ界の重鎮から厳しい演技指導を受けた経験の持ち主だ。二枚目半的キャラクターには不思議な貫録も漂い始めている。

(写真=元気で一直線。ドラマで演じた異色のヒロイン“なずな”の姿が不思議とだぶって見えた(都内で))


笑顔で締めた

 収録開始からちょうど10カ月を経た最終日。くす玉や花束に加え、特別編集したタイトル音楽を流して盛り上げるのが朝ドラの恒例になっている。歴代ヒロインは必ず涙を流す。「私の青空」のスタッフ、キャストは「ここ十数年間の中でも抜群のチームワーク」と言われていた。が、熱いねぎらいの言葉を掛けられながら、ヒロインの目に涙はなかった。

 「何か実感がわかなかったんです。前日もどうなるのかと思いを巡らしたんですけど。無理に泣くこともないかって。元気な、なずな(ヒロイン名)でしたので、最後も笑顔で締めようかって思ったんです」。

 「去年の11月に撮影が始まった時は、来年の8月まであるのか、長いなあと思っていたんですが、いざ、始まってみるとあっという間でしたね。熱中して無心になってやってたってことですかね」。

 演じたのも異色のヒロインだった。結婚式場から花婿が逃走、既に身ごもっていた子供を1人で育てる未婚の母だ。「世の中にこんなことがあるのかって。結婚式場で花婿を盗まれるんですから。最初は台本を読んでびっくりしました」。

 京都のしつけの厳しい家庭で育っただけに、シングルマザーには懐疑的だったという。「京都は保守的な街ですからね。こういう女性がいれば当然批判する人もいるでしょう。働かなくてはいけないから、子供が大きくなった時に、1人で夜ご飯を食べさせるのはかわいそうかな、なんて思いましたし」。


お引越し主役

 なずなを演じるうちに180度考え方が変わったという。「最初は私と同じ年でここまでするのかって驚きましたけど、人それぞれだと思うようになりました。いろんな生き方があるんだって。好きな人の子供を産みたいという気持ちもすごく分かりますしね。なずなみたいに頑張っている人は応援した方がいいんです。立派ですから」。

 朝ドラのヒロインは、演技経験のほとんどない新人の起用が慣例だ。12歳の時に映画「お引越し」で主演デビューし、各賞を総なめした彼女は、その点でも異色の存在といえる。だが、さすがに幼児相手の演技には手を焼いた。

 「赤ちゃんは、私が抱くと泣いてしまうんです。私は何も悪くはないのに。本当のお母さんに抱かれると泣きやむんです。それを見るとつらいです。私では駄目なんだって」。

 シングルマザーの複雑な心境を理解するのにも時間がかかった。「泣いたと思ったら怒ったり。それですぐ笑ったり。起伏の激しい感情を、なかなか理解できませんでした。監督からは『今までにない顔をしろ』って指示されるんですが、私はそんな感情になったことがないので。今から思えば、戸惑った私の中途半端な表情を監督は見たかったのかもしれません」と振り返る。


老舗料亭二女

 京都の祇園で2人姉妹の二女として生まれた。実家はしにせの料亭で、歌舞伎や映画の俳優も訪れた。「芸能人の方がお見えになり、いろんな方にあいさつした記憶があります。置き屋ばっかりで、マンションもなく町並みも普通じゃないし。近くに友達もいないので、お姉ちゃんとばかり遊んでいました」。

 「いつも着物姿だったおばあちゃんが厳しかったんです。はしの持ち方から、お酒の注ぎ方まで。日本舞踊も習わされましたし。正座をしていないと、足をたたかれたりしました。お母さんも厳しかったし、いつもは優しいお父さんも、たまに怒ると怖かった」。厳しさに囲まれ、いつの間にか内気な女の子になっていた。

 マグマのようにたまっていた何かが小6の時に突然はじけた。映画「お引越し」のオーディションに応募。8253人の中からヒロインに選ばれた。多感な少女の胸の内を情感たっぷりに演じた。「目立たない子だったんですが、ちょっとだけ、自分を変えてみたい気持ちがあったんです。人さまの前で演じられたことに一番驚いたのは実は私自身なんです」。

 撮影は厳しかった。若手を徹底的にしごくことで知られる相米慎二監督(52)から、連日のように怒鳴られた。「私、あの人だけは見返してやりたい人NO・1なんです。相米監督は、私のこと、たこ、ばか、ちびっ子、がきんちょって、名前すら呼んでくれなかったんですから。たこ、もう1回やれって何十回もやらされました。何でこんなことやっているのかとつらかったけど、終わった時の達成感がなんともいえませんでした。監督も、最後には田畑くんって呼んでくれましたし」。


フラれ泣いた

 中学、高校は学校生活を楽しんだ。茶道部と書道部に所属。書道コンクールで全国27位となったことが今でも自慢だ。それなりに恋愛も経験した。

 「相手のことも話さないと駄目なんですか。えーと、普通の男の子でした。デートもしましたし、けんかもしました。でも、私がふられちゃいましてね。つらかったし、泣きました。最後の別れの時、私は会ってお別れを言いたかったんですが、電話だけで済まされてしまいまして。向こうに好きな人ができてしまったから、仕方がないんですが。いろんな友達に電話をかけて、愚痴を聞いてもらいました」。

 「恋愛の数がどんな芝居のプラスになるのか、私には分かりません。つらい思いですかね。経験はないよりはあった方がいいけど、私は数はいらないです。1回の恋愛の中でかなりの思いをしますし。つらい思いでしたから、それで十分です」。

 はにかんだ顔には、それまでのコミカルな雰囲気とは違う女性らしさがのぞいた。


江の島に独り

 朝ドラの収録が始まってから、東京で初めての1人暮らしを経験した。家族から離れ、羽を伸ばした。「1人の時間っていいものですね。実家では部屋もお姉ちゃんと一緒でしたから。1人暮らしだといろいろ悩むけど、考える時間もたっぷりあるし。1人の時間を大切にしないとって思いました」。休みの日には自炊もするという。得意料理は父親直伝のチャーハンと和風オムライス。「おしょうゆ味のチャーハンなんです。オムライスの卵をくるむのも、ちゃんとできますから」。

 収録が始まったころは、たまの休日も寝て過ごしたが、最近は海にも出掛けた。電車の旅がしたくて、小田急線で江の島に行った。「7月に入ってすぐのころでした。1人で行きました。周りはカップルばかり。いちゃいちゃすんなよって思いましたけど、1人で来る私も私かなって。でも、1人で海を眺めながら物思いにふけるのもいいものですよ。ちょっぴり恥ずかしかったけど、1人でハンバーガーを食べて帰ってきました」。

 現在大学1年。朝ドラ収録の間は1年間休学した。後期からは京都に戻り、キャンパス生活に戻る。専攻は心理学。演技に生かすために選んだという。「女優は楽しい仕事ですから。本当の自分とは違う自分を演じられるというか、いろんな人格に成りきれるのが面白いんです」。

 女優の楽しさと深さを教えてくれたのは田中裕子(45)だった。共演したドラマ「小石川の家」で忘れられないシーンがあった。演出家は「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」などの久世光彦氏(65)。悲しみの表現で久世氏から宿題を出された田中は「月を見ながら塩で歯を磨くシーン」を考えてきたという。「もう驚きました。私には、考えもつかない発想なんですから。田中さんって、なんてすごい女優さんなんだろうと思いました。同時に、目標となりました」。

 大学の専攻も女優業を見据えて決める彼女のことだから、目標とされる日が来るのもそう遠いことではないかもしれない。


この娘は天才です

 ◆「私の青空」で共演している山本晋也監督(61)の話 最初に会った時は大丈夫なのかなと不安感がありましたが、始まってみたら、この娘は天才でしたね。何でもない会話をうまくしゃべるし、小柄ながら存在感がとにかくあるんですから。しかも、現代っ子には珍しく我慢強いんです。絶対につらいって言わないんですから。今春には5キロもやせたそうですがね。せりふ覚えも完ぺきで、しかも台本がきれいなんですよ。僕だったら、線を引っ張ったりするんですが、どうやって、せりふを頭に入れてるのか、教えてもらいたいぐらいです。彼女が頑張るから、みんながもり立てようという気になってチームワークは抜群です。今後が楽しみな女優さんです。


 ◆田畑智子(たばた・ともこ)本名同じ。1980年(昭和55年)12月26日、京都市生まれ。小6の時、映画「お引越し」のヒロインにオーディションで選ばれる。キネマ旬報賞新人女優賞など新人賞を総なめ。その後ドラマ「小石川の家」「メロディー」など演出家の久世光彦氏の作品を中心に活躍。ミツカン「追いがつおつゆ」のCMに出演。特技は三味線、日舞、料理、書道。現在、龍谷大文学部に在学中。